福島の桃たち
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以前までよく一緒に人生を語ったり、愚痴を言い合う仲の友達がいたのですが、結婚してから誘っても遊んでもらえなくなり、なんとなく距離を置かれるようになって悲しいです。
「オタク活動」「短編アニメ」「ファッション」「孤独」その他いろいろ、何かのジャンルの専門家じゃないとダメなのかな?と思います。いろいろなことに興味はあるけど、どのジャンルでも中途半端な私は誰ともあまり親密になれず、フェードアウトされることばかりで切ないです。
たまに、なんでこの世界はこんなに無風状態かつのれんに腕押しなんだよと逆ギレっぽい気持ちになります。私は自分が好きなことをやっていれば幸せというタイプではないので、みんな何が楽しくて生きているのか不思議です。今、私は自分が何に向かって頑張るべきかわからず、何をやってもダメな気がして、宗教にハマる人の気持ちがわかります。
私もザ・作家というタイプだったり、ナチュラルに何にも気づかないでいられる、人とつながってることが当たり前の人だったらよかったです。しかし無い物ねだりは身を滅ぼすと思うので、あるものを大切にするしかないのだと思います。(例のごとく、こうやって殊勝な結論に達する)
最近、人生は限られているなあと思い、興味があることは「いつかやりたい」と保留するのではなく、本当に実行した方がいいなと思うようになり、歯の矯正、全身脱毛、筋トレ、パーソナルカラー診断など興味のあること全部やり始めました。
毛のなくなった手を見て母に「わ〜!毛のない犬みたい!!」と言われました。(たぶんこういう感じ→閲覧注意(犬ではない))
過去年の同じ日
過去年の同じ日(2年前)
「ぼちぼち行こうか」
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最近『黒い雨』の文庫本を読んでいます。
中野のまんだらけで買ったのですが、前の持ち主が鉛筆でところどころ二重線を引いてたりメモを書き込んでいたりして、私も国語の教科書にそうやって書き込んでたな・・・と思いました。
買った本をちゃんと読んだり、食材を腐らせず消費していると、いいことをしている感じがします。
8月なのに1年次制作の企画がブレ続けています。
道具のせいではありませんが、ペンタブで描いてるとなんか永遠に絵が決定しない気がするのです。
(実際に、ペンの先端でカリカリと紙を掘る感触がないとどうも・・・)
こんなに話がグラグラし続けているのはなぜかと考えたら、制作の動機になっている「怒り」が時間が経つごとに冷め続けているからなような気がします。
今の自分が、「そんな怒らなくとも」と、過去の自分との仲裁役になっているので話が定まらないのです。
心をえぐってくる自分の内なる声との戦いに勝ちたいです。
先週、毎年恒例の西武遊園地の花火大会に行きました。
「私が行かないといつなくなるかわからない」という使命感をずっと感じていたのですが、
バイトの人たちは一生懸命働いていて、当たり前なのですが、私がロマンを感じている場所を現実のバイト先としている人がいるんだなと思いました。
そして「ロマンを追いかけて思い出を辿っても、一度目ほどの感動は得られないものなのだ」という人生訓を得て、思い出とは覚醒剤のようだ・・・と少しだけ思いました。
しかし、金色のでかい大輪の花火が消えてゆく瞬間を見たら泣きそうになりました。
過去年の同じ日(3年前)
へび玉
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今年も福生七夕まつりに行って肉やきゅうりを食べ歩き、公園で花火をしました。
金太郎飴のようなつぶつぶの不思議な花火があり、火をつけて遠巻きに見ていたのですが何も起こらず、近づいてみると糞のようなものが残されていて、「へび玉」という花火だと初めて知りました。
福生に行くと、そこらじゅうの人が色黒だったり大きなタトゥーが入りまくってたりして、ずっと実家にいて自転車にしか乗ったことがない品行方正な人生を送ってきた身としては、こういうこともしてよかったのか・・と目からウロコが落ちます。
過去年の同じ日(4年前)
おてだまシティ
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最近Tumblrをスクロールしていると、途中で少し上に巻き戻ってしまう現象が起きています。早く直らないかな。
昨夜駅のホームにゴキがいたのですが、ゴキを中心としてモーゼの十戒の円形バージョンみたいに空間ができていて、やっぱり外でも忌み嫌われているなと思いました。
過去年の同じ日(7年前)
サンドウィッチ
Pages CMSで編集いつもはお昼というと、自動的にコンビニおにぎり2個を買うのが私の常だったのですが、
最近サンドイッチのおいしさを知りました。
意外におにぎりより歯に詰まるけど、レタスとかがシャキシャキでおいしいです。

↑大昔に作ったクッキーです。
(なんか載せるものがないかと携帯を探してたら見つけた)




