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日記

もぐもぐ

最近寝ることが楽しみです。
以前ものすごく凶悪な夢を見てからというもの、
怖くて『枕の下に富士山の絵を描いて敷いておく』という
自作のおまじない的なことをしていたのですが、
この頃はあまり怖い夢を見なくなったので
もうやめました。

学校でセミが鳴いていたりすると、
悲しくなります。
このまま青春の幻に憧れ続けて、
青年期を終えてしまうのでしょうか・・・

制作風景

混沌としているけど心地よい・・・。
(ゴミをそのへんに投げ捨てることが許される空間)

今日、大学の授業でナチスドイツの何かの映像で
大変な状況に置かれてる人たちを見ていたら、
なんか、今のところ日本が平和だからこそ
いろいろ小さいことで悩む余裕があるんだろうなと思ったのです。
私は、極限状況におかれたらきっとどうでもいいことについて
一生懸命思い悩んだりしてるんだなあと思いました。

あと、もしこの先学費が払えなくなって
大学に通い続けられなくなったらと考えたら、
この授業は自分のやりたいことと違うとか、彼氏ができないとか、
そういう悩みはほんとに二次的なものなんだなってことに
気づきました。

でもそういう、贅沢な悩みに思えるような
無駄なことがなかったら味気ないし、
「今はありがたいんだよ〜」って強調しすぎると
なんというかお年寄りに「昔は食べるものがなくってねぇ・・」
みたいな話をされてる気分になります。

今日はなんだか、自分にはもっと痛い目見る余地があるんだってことに
気づけてよかったのかもしれないです。

無題

私は自分の送信したメールを読み返すのが嫌いなのですが、たぶんそういうせいもあって
Twitterで自分のツイートをしょっちゅう消してしまいます。
なんだか居たたまれなくなるのです。(ブログはけっこう推敲して書くし、
なんとなく人里離れた感じがするからか大丈夫。)

あと、例えば景色がきれいだなって思ったときに
『景色きれい。感動なう。』みたいに書き込んだら、
その瞬間ちょっと感動が薄れる気がするのです。
楽しく野垂れ死ぬ仙人ぽい生き方に少し憧れている私としては、
個人的な感動など言葉にしない方がステキな種類のことについては
心の内にしまっておいた方がいいやと思います。

最近、めんどくさいことに特攻していく気持ちで課題に取り組んでみたら
ちょっと楽しくなってきました。
でも講評会で評価されなかったら「ケッ。」ってなると思います。

わたしのかんがえたようふく

【猿得るパンツ】
おまたの空間を利用して猿をいっぱい捕まえられる特殊なパンツ。

学校の課題はやりたくないのですが、
やらなくてもいいことをする気力はたくさんあります。

ラクガキ

ロルバーンのメモ帳を使っているのですが、
紙がしっかりしていて書きやすいし、ビニールのポケットもついていて
使いやすくて好きです。

この前版画部というサークルに入ったのですが、
今度のオープンキャンパスで、シルクスクリーンで作った(?)Tシャツやバッグなどの
グッズの販売をすることになって、ワクワクテカテカって感じです。

高校のときの文化祭で、
自分なりに自信作だったアクセサリーが全然売れず
最終日にバーゲン的な扱いで売られたことがあるのですが、
あの悲しみは今でも忘れられません。

オープンキャンパスのくわしいことは多分また書くと思います。
欲張っていろいろやりたくなってきてしまう・・。

らくがき

西洋美術史概論の授業で
「色のついた翼は堕天使とか悪魔の象徴」みたいなことを言っていたのを聞いて、
なんだか中二心がくすぐられるなと思いました。

昨日、秋葉原に行ってきたのですが、
チェックのシャツを着ている人と、首のつまった黒Tシャツを着ている人と
外国人の割合が、とても高かったです。

朝食

今日はなにも予定がないので、
部屋を掃除したり、パソコンにCDを読み込ませたりして
一日を終えると思います。

わたしのMacちゃん

ステッカーを貼ったら少し気泡が入ってしまい
(しかも貼ったら剥がせないタイプのステッカー)
早速へこみそうになりましたが、
何か欠点があっても折り合いをつけて
前向きに生きていかなくてはならないのが人生だと思うので、
むしろ少しぐらい欠点があるほうがいいんだと考えたら
さらに愛着がわきそうな気がしてきました。

針でつついたら空気抜けるかと思ったけど、うまくいかなかった・・

あまりにも

あまりにもくっきりと足の形がついたので、
面白くて撮りました。

大学の授業で、音楽に合わせて一本の映像を作るという課題が出たので
初めて手描きアニメーションというものを作ってみたのですが
「うわぁ、こりゃ大変だ」と思いました。
なめらかに動かすにはものすごくたくさん描かないといけなくて、
一人で作るなら時間と根気がないと無理そうです。
でも、編集作業は準備したものを所定の場所にはめこむような感覚が
あって楽しいです。

やれって言われるとやりたくなくなってしまう傾向があって、
片手間にやっている事のほうがいつも楽しくて、熱中できるのです。
でも「本気出す!」って意気込んでやってみたとしても、
たいした結果が出るものかどうかわかりません。
(なんか、本気出すとか出さないとかもったいぶってみせたところで
できる事には大差ない気がするのです。)

でも、いつもその時気の向いた事をやっていれば
「ああ、あの時あれにハマってたんだっけなぁ・・」みたいな感じで
あとから振り返ったとき面白いかもしれないと思うので、
流されてゆこうという気持ちでいます。

マルチーズ

マルチーズ、かわいいよ。

最近、iPhoneの送信済みボックスから送信したはずのメールが消えていたり
送られたはずのメールが届かないことがあったりして、少し困っています。
なんでなんだろう・・・。
(もし「送ったのに返事がないよ」という方がいましたら、
すみませんがもう一度送ってください・・。)

ちょっと前から近所のツタヤのレジが機械化して、
使い方がよくわからずに毎回戸惑ってしまうのですが
「ここで腹を立てたら、IT社会についてこれないおじいさんなどと一緒だ・・」
と気付いてハッとしました。
でも、やっぱり店員さん相手の方がいいです。

雌犬ポリンキー

恋のお話です。

犬のポリンキーはメス犬。人間でいえば20歳ぐらいの、恋に恋するお年頃です。

ポリンキーは山奥のおばあさんの家で生まれてから今まで、ずーっとおばあさんと一緒。恋愛というものをしてみたい彼女ですが、山奥でおばあさんとふたりで住んでいるポリンキーに、出会いなどあろうはずもありません。ましてや、かっこいい若いオスと出会える確率など、ほとんどゼロに等しいのです。

ポリンキーの仕事は、家に発生するアシダカグモを殺して外に捨てることでした。細長い足でひょろひょろと動くアシダカはどこからともなく現れて、いつの間にか家の中を歩き回っている鬱陶しい存在なので、それは小さいけれど大切な仕事でした。でも、ポリンキーの胸の内にはどこかむなしさがありました。

一日の終わり、ポリンキーは今日も玄関に寝そべり、さわさわと揺れる木々の葉っぱと夕陽を眺めながら物思いにふけるのでした。といっても、考える事はだいたいいつも同じでした。
「あー、どっかにいい男いないかな。ちまたじゃ、交尾しないで20歳を迎えるのは『ヤラハタ』といって恥ずべきこととされてるとか聞いたし。それは別にいいんだけど、ああ、彼氏ほしいなあ。なんにもないよ、私。アシダカグモ殺しぐらいしか・・・」
夜は特にさみしくなって、声を押し殺して毛皮をぬらしたりもしました。漠然としたむなしさが、ポリンキーを苦しめていました。

足腰の悪いおばあさんは、月に一度、生協で食糧や生活用品を購入していました。可愛らしい乳牛のイラストの描かれたトラックが来る度に、ポリンキーの心は躍りました。外の世界の気配を運んできてくれる『コープにほん』の業者さんは、ポリンキーの憧れの象徴でした。
そして今日は月に一度の、コープさんが来てくれる日。おばあさんが玄関に立って、愛嬌たっぷりに応対をしています。ポリンキーはドアのかげからそっと、その様子を見ていました。

「ご苦労さまです〜、いつも悪いわねえ。こんな山奥、大変でしょう?ほんとにねえ。も〜うふふふふ!!」
「あー・・いや、全然っす。じゃ。」
いつも来てくれる業者の彼は、見たところ18か19歳ぐらいの若い男の子。いつも少し面倒臭そうでやる気なさげな彼ですが、この前帰りぎわに、犬のポリンキーにも会釈してくれたのです。たったそれだけのことなのですが、それからというものポリンキーは、彼のことが気になって気になって仕方ないのです。少し猫背な彼がトラックに乗り込んで、遠ざかっていくのを見送りながら、ポリンキーはため息をつきました。
「私ってなんてちょろいんだろう・・・飢えたメスブタみたい。」
ちょろい自分を少し恥ずかしく思ったりするポリンキーですが、本当に毎日彼のことばかり考えてしまうのです。彼の小さないろんな特徴を思い出していくと、すでにあった理想の男性像はわりとどうでもよくなり、彼の眉毛の形や声の低さが、たまらない気がしてくるのでした。「早くまた会いたいな・・・。」
胸を焦がれるとはこういう状態のことをいうんだなと、ポリンキーはなんとなく思いました。

恋のせいでしょうか。最近ボリンキーはずっと食欲がなく、おばあさんがくれる残飯も全然のどを通らなくなりました。それに、何もかもつまらないな、と感じることが多くなりました。
「この人すぐ離婚したねー、あたしはなんとな〜くね、そうなるんじゃないかって思ってた。ろくなもんじゃないわ。受け口だし。あたしゃあ好きじゃないねえ。チッ。」
お昼のワイドショーを見ながら一人暮らしのおばあさんがポリンキーに話しかけます。しかしポリンキーにとっては心底どうでもいいし、そんなことに興味をひかれているおばあさんを少し軽蔑しさえもしてしまいます。でも、仏頂面をしながらもポリンキーは内心、切なくてしょうがないのです。
「毎日何にも面白くないし、楽しくもない・・だけど、あの人のことはすごく好き・・。前、テレビで『アシタカは好きだ、でも人間は嫌い』みたいなセリフを聞いたことがあるけど、そんな感じ。もっと仲良くなりたいな。無理かもしれないけど・・・」
急に悲しくなって、ポリンキーは少しだけ毛皮をぬらしてしまいました。

「若いのにしっかりしてるのねえ。ヒェッヒェッ!あっ、ソーダ!ソーダ飲みます?そうよ、あと、みかんも!今持ってくるわね、うふふふふ!!」
「いや、いいんで・・あーすんません・・・ども・・」
接客モードのおばあさんがせわしく動き回っている中、月一で会えるコープの彼はいつも通りの面倒臭そうな感じで、玄関に立っています。
いつも少し遠巻きに見ているだけのポリンキーですが、今日は少し違っていました。勇気を出して、彼の足元まで歩いていってみたのです。
彼はポリンキーに気付くと、一瞬「おっ」という顔をした後、かすかに微笑みました。黙ったまま、笑いかけてくれたのです。ポリンキーは胸が静かにドキドキしているのを感じながら、きっと未来の自分からしたらうらやましくてしょうがないであろう、この幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと無理を承知で思っていました。

「ほーらこれ、み・か・ん・な・の!すっごく甘いのよ〜!田舎から送ってきてねえ・・・」
幸せな時間は、おばあさんのやかましい声と共に一瞬で終わりました。彼はもう顔をおばあさんの方に向けています。まもなく帰ってしまうでしょう。そして、またひと月会えないのです。といって、会えても、どうにもならないのです。
「(どうでもいいよ、もう。私が一方的に好きなだけで終わるんだ。)」
ポリンキーは投げやりな気持ちになり、目の前を通りかかったアシダカグモを、勢い良く叩きつぶしました。

おわり

窓際の友

私が苦手な授業を我慢したり、電車に揺られたりしているあいだ、
彼らはずっと窓際でこうしていたんだな。

iPhoneの名前をちょくちょく変えるのが好きで、よく変えています。
今の名前は「太郎さん」です。

抱擁

先日、サークルの新歓でバーベキューの会がありました。
先輩のお話を聞けたり肉をたらふく食べられたりしてよかったです。
河原で全裸になってる5歳ぐらいの男の子がいて、
開放的だなぁと思いました。

最近「何かやりたいな」と思って
近所の公園に写生に出かけたり、本を読んでみたり、
いろいろやってみてはいるのですが
どこか物足りない感じで少し悶々としています。

でも一人暮らしの友達などを見ていると、
ちゃんと独り立ちして生活していくっていうことが
人間として、生物としてえらいことだなぁと尊敬の念を抱き、
そういう基本的なこともできないくせに
哲学チックなことを考えたりしてる自分は
なんだかとても生ぬるいなと思います。

生活している中でいろいろわかっていくものなのかなと最近思うので、
これからちょっと、料理とか覚えたいです。

お部屋

憧れのアイテムをいろいろ置いた、
架空の部屋を描いてみました。
特に、石膏像はなんとなく外せないです。
(畳の上に西洋の石膏像というミスマッチ感がなんだか好きなのです)

水彩も使ってみたけど、アクリルガッシュの方が厚塗りっぽくできるし、
強い色が置けるから好きかもしれない。

巻き巻き

太い線って描きやすくて楽しいな。

最近、授業でFacebookに登録したのですが
海外ノリっていうか、社交パーティーのような雰囲気に
少しなじめないなと思ってしまいます。
あと、知り合いが見ていると思うと
何回も消したり書き直したりしてしまう。

今日は雷雨がすごかったですが、
私にとって雨のにおいって、なんだかとても「夏」って感じで
たまらない気持ちになります。
(あと、虫が「ジーーーーッ」って鳴いてる声。)
夏の情緒は、たまらないよ。

横浜に行ったよ

きのう大学の飲み会があったのです。
横浜って、やっぱりデートスポットなだけあって
家族連れもいたけど、何よりカップルが多かったです。
(いかにも見せつけてる感じだったら嫌ですが、
私もデートとかになったらワクワクが止まらないと思うので
あまり目の敵にするのはやめようと思います。)
だけど華やかな場所というのは、いいもんだ。

ちょっと最近「ケガするのを恐れずに行ってみよう」という気持ちになっていて、
なるべくオープンマインドでいることを意識してみているのですが
きのうはなんだかとても楽しかったです。
「今私、ちょっとリア充だ」という感じでした。

スフマート技法か・・・

西洋美術史の授業でその用語の意味を習いました。

最近授業で
『ショートフィルムのような映像を作る』という
グループ課題をやっているのですが
大変すぎてちょっともう、苦痛を感じます。
外で桜の木(今はもうほとんど散ってしまいましたが)などを
写生している人たちがうらやましくてなりません。
「『自分にはこの分野は合わない』ってことを思い知るために役立つのかも・・」
などと考えながら、とりあえずなんとか耐え抜こうと思います。
きのうは食堂でワンタンメンを食べました。
ワンタンがちょっと固かった。