カテゴリー

日記

シン・ゴジラ

↑1年次制作のボツになったカット

昨日はシン・ゴジラを観に行きました。

この前テレビでやってたハリウッド版のゴジラはワニっぽく、最後、ジュラシックワールドのようにいい感じに「ギャオー」と吠えて海へ帰っていったのですが、シン・ゴジラのゴジラは話の通じない災害的な存在という感じでした。観終わったあと、なんとなく濃厚なマニアの世界の片鱗に触れてしまったような気がしました。
ゴジラのしっぽの先に人間っぽいものがついていたのが何なんだろうと気になりました。

その後、イラストの雑誌を立ち読みしたのですが、その本には、それぞれ微妙に違うけど受ける印象はだいたい似たようなイラストがいっぱい載っていて「描いている人は、似たような絵がいっぱいある中で自分がやってることに意味なんてあるのかと思わないのかな?」と考えたのですが、似ている中での「微妙な違い」をわざわざ探ろうとしないこちらの感性が雑なのかもしれないと反省し、その場をあとにしました。

しかしその後別の本屋さんに行き、そこにあった一冊の画集に、雷に打たれたような気分になりました。それはものすごい細かい細密画の画集で、文章にするとあんまりすごくなさそうなのですが、なんだかしがらみのなさそうな清涼感が漂っていて「こりゃ簡単には真似できない」と思いました。そして、「今の世の中、情報は入ってきてもモノの価値を実感として感じる機会がなく、ぼーっとしているといろんなものに対してわかったような気になり、大したことなく見えているのかもしれない。しかし、その見えづらい価値を発見しなければならないんだ。」と思いました。

さっきふと思い立って、ペンタブのペンについているゴム製のにぎりと円錐型の部品を取ったら、細いペンになって描きやすくなりました。

「ぼちぼち行こうか」

最近『黒い雨』の文庫本を読んでいます。
中野のまんだらけで買ったのですが、前の持ち主が鉛筆でところどころ二重線を引いてたりメモを書き込んでいたりして、私も国語の教科書にそうやって書き込んでたな・・・と思いました。
買った本をちゃんと読んだり、食材を腐らせず消費していると、いいことをしている感じがします。

8月なのに1年次制作の企画がブレ続けています。
道具のせいではありませんが、ペンタブで描いてるとなんか永遠に絵が決定しない気がするのです。
(実際に、ペンの先端でカリカリと紙を掘る感触がないとどうも・・・)
こんなに話がグラグラし続けているのはなぜかと考えたら、制作の動機になっている「怒り」が時間が経つごとに冷め続けているからなような気がします。
今の自分が、「そんな怒らなくとも」と、過去の自分との仲裁役になっているので話が定まらないのです。
心をえぐってくる自分の内なる声との戦いに勝ちたいです。

先週、毎年恒例の西武遊園地の花火大会に行きました。
「私が行かないといつなくなるかわからない」という使命感をずっと感じていたのですが、
バイトの人たちは一生懸命働いていて、当たり前なのですが、私がロマンを感じている場所を現実のバイト先としている人がいるんだなと思いました。
そして「ロマンを追いかけて思い出を辿っても、一度目ほどの感動は得られないものなのだ」という人生訓を得て、思い出とは覚醒剤のようだ・・・と少しだけ思いました。
しかし、金色のでかい大輪の花火が消えてゆく瞬間を見たら泣きそうになりました。

照り照りの日々

この前、マリメッコの鍋つかみを買ったのですが、台所にポツンとかわいい柄のものがあるととても豊かな気持ちになります。主に電子レンジからいもや熱いお皿を取り出すのに使っています。

昨日は学校でMAスタジオ講習会があり、録音ブースとコントロールルーム(大きなミキサーや200万円するスピーカーなどが置いてある)の使い方を教わりました。大学の時、学校の機材を研究室に行って助手さんに頼んで借りるという一連の流れが億劫で、さらに借りても使い方がよくわからず、ほとんど使わないまま卒業したのですが、今も実はできる限り家でやりたいです。私は他のアニメ作ってる人や世の中の風潮がどうしても気になったり、設備を利用するのをためらったり、無駄な雑念が多すぎるのかもしれないなと思います。

最近、寝る前になると足がむずむずして動かし続けずにはいられないような感じになるので、調べてみたら『むずむず足症候群』という病気(?)があって、鉄不足が原因の一つだということだったので鉄の錠剤を買って飲んでみました。錠剤が大きくてオヘッとなりました。

バーチャルコンソール版のポケモン(ピカチュウバージョン)をしたのですが、チャンピオンになってミュウツーを捕まえに行ったらもうやることがなくなってしまい、小学生のときずっと夢中になっていた長い長い日々の記憶とのギャップにびっくりしました。でもポケモンをやり尽くして寝ると、起きた時に「もう一つの世界に帰れる」というワクワク感があっていいです。

うわあああ

甘ったれなのはわかっているのですが、最近ずっと制作をするのが泣くほど辛いです。

「もっとちゃんと技術を身に付けたい」という思いを抱いて入った大学院ですが、日に日に目的を見失っています。

大学の頃、やる気がなくて卒制さえも適当にこなすような人は何のために入学したのか…とよく思っていたのですが今はすごくそういう人の気持ちがわかります。今や負のエネルギーを原動力に制作に打ち込むこともなく、義務感だけです。

素直で向上心がある同級生たちへの劣等感がすごくて、なんでみんなそんなに無邪気に吸収したり、頑張れるのかと不思議です。

インディペンデントなアニメーションにまつわる情報に触れるのが最近ちょっと苦痛です。(でも広島アニメフェスは楽しみ)

こんなモチベーションの低さで作っている作品ですが完成させなきゃいけないので、毎日机に向かう努力はしようと思います。

自分は作家としてやっていけないかもな…と思う要因に、自分の作ったものの価値を信じ続けられないことと、根本的な「作る意味」とは…といった壮大な悩み方をしてしまうことがあります。

巨匠の先生が「こつこつやることだ」的なことを言っていて、本当にもっともだと思いました。

自分の考えたことを表現すると、かたっぱしから間違っているような気がしてすぐに撤回したくなるので人とまともに話せないしたまに自分でも何を言ってるのかわかりません。でも何の問題提起もない、見た目やストーリーだけの作品はファッションだと思うので、よくわからなくても自分なりの何かを主張しなきゃいけないんだ…と思っています。

この前、都知事選のために実家に帰った時、地元のイトーヨーカドーのフードコートではなまるうどんを食べたのですが、庶民感がたまらなくて、帰りたくない…と思いました。(庶民だけど)

微妙に垢抜けてないデザインの水着が並ぶ子供用水着売り場、ゲームコーナーの機械のレバーの先っぽについてた透明な玉(凝縮された気泡が入ってる)などに、スーパーへの郷愁を刺激されました。

イヤホンプスリンコ

耳にイヤホンをプスッと刺して作業すると少しは集中できることがわかりました。
載せた絵は関係のない落書きですが、人間と動物が一緒にいる図を描くと、どうしても動物がペットやポケモンといったひとつ下の存在に見えてしまうのが悩ましいです。あまり一緒にいない方がいいのかもと思います。

多摩美のホームページに卒業制作が載っていました!
先生のコメントが、読むとなんとも言えない気持ちになりました。
http://www.tamabi.ac.jp/pro/g_works/2016/id/s8/

爪ちゃまたち

最近ものを作る意欲がなく、義務感に苛まれながら、マンガや雑誌や小説を荒々しく読み続けています。(ZOZOTOWNのアプリは思い切ってアンインストールしました)

ほしかった作画机もTVPaintもゲットして、ちまちまとほしいものも買えて、足りている生活なのになんか満たされない感じがするのは、何にも集中(没頭)できてないせいだなという気がします。なぜ、こんなにもやる気が出ないのだろうと考えたところ、アニメもマンガも物作りも、何をやっても「もうやられてる」という感じがして何となくむなしいのです。

全財産を一ヶ月分の生活費で割ってみたら恐ろしくなったのですが、水木しげる伝を読んだら「1000円入ったからこれで3日は生きられる」と言っていて、意外とそんな感じでも人は大丈夫なのかな・・と思いました。

散歩日記

昨日は絶対に外出するぞと心に決めていたので、近所の小山を登り、下山してパンを買いました。(ポケムヒも)

頂上に竹細工作家の人が寄贈した竹とんぼが置いてあったので、飛ばして遊びました。とても近い距離でヒグラシが鳴いていたり、ショウリョウバッタやコオロギが濡れ草の中にちらほらいて楽しかったです。

なんだか「夏っぽさ」というものは追いかけても手に入らない永遠のロマンに思えるのですが、「蚊に刺される」ということを通し、夏と一体になることができるような気がします。

夏休みのバイトに干し梅工場と試食販売に応募しました。
梅干し、実は食べず嫌いで食べられないのですが、梅の種を取ったり並べたりするのが楽しそうなのでやってみたいと思いました。試食販売は、日給が高かったので修行だと思って応募しました。

広島アニメーションフェスティバルに花火に…と、楽しみがいっぱい詰まった夏休みなのですが、
1年次制作のプレッシャーが心に薄く影を落としています。

お買い物

最近、通販サイトZOZOTOWNをいつまでも見てしまう病気にかかっています。

爆買いなどはしないのですが、いいなと思ったものをお気に入りリストに入れては、長考の末外し、
そして後日また入れる・・・といったことを繰り返しています。

買い物依存症気味の人が集まる掲示板を見たら「買ったものをその場で売ってまた買ってしまう」という強者もいて、物を買うときの高揚感(「脳汁が出まくる」というらしい)というのは、ハマると恐ろしいんだと思いました。

苦悩の末、お気に入りリストに入れていた商品が売り切れになったら「やはり私の目は間違っていなかったのだね」と思い、目玉が飛び出る値段の商品は画像を保存してたまに眺め、「世の中にはかわいらしいものがあんだな〜」と思いを馳せています。

自然に触れたい気持ち

TVPaint練習

昨日、就職の面談みたいなものに行ってポートフォリオを見てもらったのですが、
「テイストが統一されすぎてる」「企業は色々できる人がほしいから、もっと作品に幅を持たせるべき」と言われ、そういうものなのか…と思いました。

なんとなく「美大生で就活を途中で諦める人って多いですか?」と聞いたところ「作家になるつもりだったけど途中から就活を始める人の方が多いですね」と言われ、リアルな感じがしました。

シンクの下に保管したまま忘れていたサツマイモが発芽して、血管の浮き出た腕みたいになっていたので、今日あわてて食べました。塩水につけた後キッチンペーパーに巻き、アルミホイルで包んでトースターで40分以上焼いたのですがなかなか火が通らず、結局大学イモにして夕飯に食べました。

その後少しだけお腹が痛くなりました。

↑作画で参加しました。

TVPaint

最近、ついにアニメーションソフトのTVPaintを買いました。

Photoshopに慣れきっているので習得は苦労しそうですが、なんとか毎日触ろうと思います。(円高だ〜(?)と思って買ったけど、やっぱり高かった)

その他、ほしいものを衝動の赴くままいろいろ買ったら、ワクワクしつつも末恐ろしくなったので
2ヶ月ぶりぐらいに家計簿をつけました。Googleスプレッドシートで家計簿をつけていたのですが、めんどくさくて続かないと思ったので手帳に書く事にしました。

ほしいものを心のままに買い、学校には素晴らしい制作環境もあるというのになんだか覇気が出ず、ダラダラしてしまう日々です。なんとなく運動不足が原因かな〜という気もします。

遊んでいると、闇金ウシジマくんに載っていた板橋という人の「本当に大切なものを見つけるための時間を、くだらない消費の喜びで使い果たした。」というセリフが脳裏に浮かびます。

最近読んだ本で「リセ派」「ニュートラ派」という言葉を知ったのですが、「ニュートラ派」は結婚を意識し、モテを重視したファッションであるのに対し「リセ派」は自己表現をするためのファッションだということで、道行く人を「あ、リセ派の流れを受け継いだ人だ」「あ、ニュートラの2016年版だ」などと思ってみるのがマイブームです。

歯のネイル

この前、両手を歯ネイルにしました。
次は爪に10コマ漫画を描いてみようかな…と思ったりしています。

最近、そうめんとチャーハンをよく作ります。
昨日はチルドに眠っていたサバで竜田揚げを作りました。
家にある食べ物を消費し切る喜びを味わっています。

ボォーボォー

Dropboxの容量がどんなに頑張っても足りないのですが、アップグレードしたくありません。

昨日は西荻窪でチキンライスを食べたあと、実家に帰りました。
実家に向かう前に母とツタヤに寄り、ニューシネマパラダイスと闇金ウシジマくんを借りて家で観ました。
ニューシネマパラダイスは以前Huluで観ていたのですが、昨日初めて完全版を見たら話が違いました。(特に後半)

最近ネイルブログのウォッチをたまにするのですが、
あらゆるメーカーのジェルを買いまくって全部カラーチャートにしている人のブログを見て
「とても参考になるな〜」と思うと共に、こんなに集めているんだから、
ネイルメーカーから何かお礼の品の贈呈でもしてほしい・・と思いました。

カスタードまんじゅう

160607_ishi.png
160609_payapaya.png
今日は中華街校舎に立体の撤収に行き、帰りに豚まんとカスタードまんを買って食べました。
ビールを片手に持ったおじ(い?)さんが盛んに話しかけてきたのですが、あまりこちらの話は聞いていない様子でした。
毎日、私は多少の失言(後悔する発言)をしてしまいながら過ごしているのですが、どうして自分はそうなのだろうと考えるに、なにげない雑談から一歩踏み込もうとした時にやってしまうことが多いです。(みんなが面白いと言ってる映画を「私は〇〇のほうがよかった」と言ってしまうなど)
何故一歩踏み込んでしまうかというと、当たりさわりのないことを話していると、意味がわからなくなってくるからです。
しかし、今なら話してもいいかな?という時におもいっきり思いの丈をしゃべろうとすると、ぽつぽつと文句が出てくるだけで、特に何も言う必要がないように思え、話すことがなくなります。
逆に、会話にビビる気持ちから焦って言葉を選ぶ間もなくしゃべり出し、相手に戸惑いと誤解を与えている時はいつも陸で溺れている気分になります。
ここまで書いてちょっと自意識過剰かもしれないと思ったのですが、なぜ、冷静になってない時(だいたいいつも)にはこうも自分と他の人を切り離して考えてしまうのか・・と考えると、やはり反射的に「痛い思いしたくない」という気持ちが働くからなんじゃないかという気がします。
痛い思いといえば、最近安くなっていたニンテンドー3DS用の「熱血高校ドッジボール部」というソフトを買ったのですが、ゲームでは「狙われる恐怖」や「ボールが当たる痛み」などがない分とても気楽なのですが、やはりスポーツ苦手だと思いました。

ズートピア

今朝は心ゆくまで爪を塗り、音入れをやった後にズートピアを見に行きました。
上に載せた絵は課題作品の1カットで、拡大縮小しても線幅を固定したかったので
Animate CC(Flash)で描いてみました。

〜爪〜
最近買った、曇りガラスのようになるトップコートを塗ってみたのですが、
手触りがツルツルせず、まるで何もやってない爪のようなサラサラ感があります。
透明のぷっくりしたパーツを2粒ずつ乗せてみたら、なんか「もっと乗せたい!!!」という気持ちになり、
乗せてもいいけど『引き算』の気持ちを忘れずにいこうと思いました。
ネイル用品は一つ一つがあまり高くないこともあり、無限に集めたくなってしまいます。
ステキな人の爪に憧れてやろうと思ったのですが、多分ステキな人はもっと総合的に手をかけている気がします。

〜ズートピア〜
きつねのニックがかっこよかったのですが、
そう思わざるを得ないようなキャラを多分に漏れず好きになってしまった悔しさが少しありました。
(幽☆遊☆白書の飛影や、ルパン三世の次元、ミスタードリラーのアタル君など)
ディズニーの映画が始まる前に出てくる朝焼けをバックにお城が出てくるロゴアニメーションは、
なんだか人の気配がなく不気味で、生身の人間が入っちゃいけない世界を見ているようだなと思います。

style="width:100%;"

160607_rakugaki.png
今日は、1人3時間でクレイアニメを作るという課題をやりに夕方から学校へ行ったのですが、簡易暗室が蒸し暑くてドデカミン一缶を一瞬で飲み干しました。

クレイが終わってヒャッホーと喜びたいところですが、平面課題をあと3日で終わらせないといけず、残り4カットが辛くて辛くて仕方ありません。

最近、『style=“width:100%;”』というタグを使って画像の幅を可変にするのが好きです。(もっといいやり方がありそう)

名刺にこのホームページのアドレスを載せているので、名刺に載せているからにはもう少しWebポートフォリオっぽい方がいいのかな・・と思い、htmlやcssをいじっているのですが、「他にやることがあるだろう」という心の声が聞こえます。

ぶらぶら玉子

大変だった立体演習がついに終わりそうで、一山越えた感をかみしめています。
やり直しがきかないという緊張感をもちつつ一コマずつ撮るなど、立体をやったことでいろいろ新しい視点を発見できた気がします。
班での作業中にYouTubeで順番に好きな音楽を流したり、「作業場戻りたくない・・」と言いながらラーメンやお好み焼きを食べに行ったり、三脚を頭に乗せたりしたのが楽しかったです。
残り一週間で平面アニメーションの課題を仕上げないといけないので家で猛然とやっているのですが、久しぶりに家でゆっくりできて多幸感がすごいです。

ボッ

今日も暗室にこもって立体アニメの撮影だったのですが、気が遠くなる瞬間がしょっちゅう訪れて、立体は本当に大変だ・・・と思います。
最近の趣味は爪いじりなのですが、3Dネイルができるクリームを買ったので、
今度こういう立体的なクマの爪にしたいと目論んでいます。